2015年4月13日月曜日

誤植なカルチャー

角ニョキニョキ

ミケランジェロ作モーゼ像が、チャールトンヘストンやクリスチャンベールより魅力的である。
筋骨隆々とした、偉丈夫の男だが、注目すべきは頭部である。
角が二本ついているのだ。
エジプトを脱出して、十戒を受け取ったあと、「顔の肌が光っている」というくだりを、「角が生えている」と誤訳された。
それを忠実にビジュアライズすると、こうなる。
ちなみに十戒を掘った石版のことを、英語ではtablet
ジョブズはちょっとしたモーゼ気分やったんやろうか。
十五世紀にグーテンベルクが活版印刷を発明するまで、聖書は筆写されたものを、聖職者のみが読むことが許されていたため、間違っても、そのまま。
「あの、なんで角はえてるんスか?」
「だって、モーゼだろ?」
本当は誤植なのに、ミケランジェロも、こう思ったはず。十戒を受け取ったショックで角ニョキニョキ。。。
誤植だから、悪いというのであれば、ミケランジェロのこの名品も、失敗作である。そんなばかな。


誤植も文化

アジアの文化も負けてはいない。
元々、インドの髪を結って、頭頂部に乗せていたヘアスタイルが、仏像として表現された際に、頂髻相(ちょうけいそう)として定義される。
悟ったから、頭が良くなって、頭部も形が変わったんだという説が、まことしやかに唱えられる(三十二相)。
インドには無い説明であり、中国を経由した時に、バージョンアップして日本に伝えられる。
はっきりいって、誤植である。というか、勘違いである。
だからこそ、これを否定してしまうと、日本の仏像はほとんど成立しない。
オリジナルのテキストにたどらないといけないというのは、どの業界でも同じである。
国を安んじるために闘った人々を祭る神社だからこそ、靖国(やすくに)神社なのに、英語表記はwar shrine(戦争神社)。そりゃ、海外から宣戦布告を疑われるだろう。
モーゼに角があったのか、お釈迦さんの頭は膨らんでいたのか。
想像してみるのが、楽しいし、そこに不幸はない。誤植の許容範囲は、これが適切なのではないだろうか。

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