2018年1月2日火曜日

書き初め

書道の素養はない。というか、悪筆加減は絶望的である。

達筆な人をみると、羨ましくてならない。

十代で読んだ宮本武蔵で、幼少の武蔵が書道で集中力を高めたという描写があり、そんなものだろうかと感心していた。(そうした説話は一切なく、その本の作者の啓発であったのだろう)

書は人なり、という俗諺はあまり好きでは無い。

書に人格が表現されるというのは、にわかには信じられないからだ。

書家の師僧の末席にいて、こんなこというのもいけないのだが、書の表現と人徳とは必ずしも比例しないのではないかと思っている。

孫文の書はほとんど残っていないという話を聞いて、いかにもと思う。

近代の革命家に、中世の書は似合わない。

いや、高校時代の書道の先生が、人徳者と思えなかったことに起因しているのかもしれない。

書がきれいだが、猜疑心と虚栄心の塊のような人がいた。

恐ろしく悪筆だが、冷静沈着に仕事をする人も見た。

達筆であるから、人徳者であってほしいというのは、やはり願望である。

と、いうことをもって、安心して汚い字を書いている。

多分、今年も汚い字を書いているだろう。

2017年10月28日土曜日

近未来おたく

 映画『ブレードランナー』の中で、ハリソン・フォードが変わった機械を使っていた。

 ポラロイドカメラで撮影した写真を、テレビの上に取り付けた機械の口に滑り込ませるのだ。

 それがスキャナーなのである。

 スコッチをちびちび呑みながら、その機械に話し掛ける。何番を拡大しろ。声に応えて、写真のデータが拡大される。するとそこに映っていたのは。。。という展開。

 レトロ・フューチャーだなぁと、当時から思っていた。なんでわざわざ音声で操作するのだと。

 今回、google homeが販売された。

 日本語にもしっかり対応している。

 ニュースのヘッドラインや天気予報の読み上げ、リマインダーの登録、NETFLIXの再生など、多岐に亘るサービスを実現する。いわばデジタルな執事ではないか。

 siriやgoogle assistantを使ってみて感じることは、ただただ驚きである。

 あんなに日本人が密かに感じていた、自国の言語の難解さと、外国資本には掌握できないだろうという自負は、いとも簡単に潰える。

 明日、六時に起こして。ケチャップを買うとメモ。

 そんなに滑舌がヒドくなければ、恐らく簡単に入力できるだろう。

 アメリカに比べ、日本人は音声入力に抵抗を感じるようだが、いずれは利便性が優先されていくに違いない。

 バック・トゥ・ザ・フューチャー2に出てくる、フォバーボートはいまだに実用化されていない。ナイキの自動リサイズシューズも、開発は告知されたが、完成がまだである。

 しかしグリフが逮捕された瞬間、ドローンとおぼしきカメラが彼を撮影する。

 ドローンは技術的に可能になったが、フォバーボートや自動リサイズシューズはまだまだ開発途中なのだ。

 それに比べると、音声でスキャンした画像を拡大するなど、造作もないことではないか。

 マニアやオタクと呼ばれる人たちが、高いスキルを持って、色んなものを開発するというのは、日経寄りな、むしろ軽薄な見方である。

 彼らは決して、娑婆のビジネスマンのように、生産性を信じていない。

 オープンソースのイベントで、古いLibrettoをわざわざ、ラズパイで動かしてみたとか、音声で下書きのブログ記事を更新してみた、みたいなことを見たことがある。

 効率など関係ない。面白いかどうか、趣向が凝らしてあるか、である。

 写真をスキャンして、拡大表示するのなら、安いスキャナーと画像編集ソフトで十分である。

 だが、それをわざわざ音声で操作する。

 ブレードランナーは特にマニアに崇拝されている作品である(攻殻機動隊やマトリックスなど、後世の作品世界に多大な影響をあたえている)。

 きっとアメリカのマニアが、google honeとスキャナーを組み合わせて、youtubeで公開するに違いない。

 そしてそれを作った経緯をどや顔で説明するのだ。


 ああ、うらやましい。

2017年10月17日火曜日

ウルトラマン症候群とかドラえもんとか

 ドラえもんがテレビで問題になっていたことを覚えている。

 ジャイアンとスネ夫にいじめられたのび太が、泣きながら帰ってくる。泣き疲れてドラえもんが、何か道具を取り出す。のび太は道具をもってジャイアンに復讐する。良かった良かった。

 幼心に復讐に酔えた。シェークスピアのいうところの、正義の中に生える雑草ではあったが、貪るように見たり、コロコロコミックを読んだ。

 当然、これが問題になった。

 子供がドラえもんに依存するのではないかと。何かトラブルが起こったら、自分で努力して、解決しようとせずに、泣きついて便利なものを取り出してもらうようになるのではないか。

 しかし当事者の子どもであったが、ドラえもんを見ながら、ああ、そうすればいいのかと思ったことは一度もない。

 子供はそれほどバカじゃない。先輩ライダーたちの正規の特訓を受けずに、ライダーキックを試みるなんて、ただの浮かれ者ではないかと。カメハメから密かに習ったから、四十八の殺人技ができるのだ。

 衆議院選挙の演説について、残念な話題を聴いた。

 ウルトラマン症候群。

 危機的な状況になると、万能のヒーローが登場してきて、全てを解決くれるという心理のことだそうだ。

 結構、しんどいネーミングだが、社会問題が深刻になるまでぼんやりしているという心理は言い得ているのではないか。

 危機的な状態になっても、ウルトラマンが闘って、何か一層深刻になっても、三分程度で解決してくれる。

 そうした依存が有権者の中にあるのではないか。

 そんなことを紹介していた。

 待て。

 それはウルトラマンなのだろうか。かつて八十年代に問題だと言われた、ドラえもん症候群と同じではないのか。

 一つずつ地道に解決すると公約する政党はどこにもない。問題を列挙するか、針小棒大な手柄話である。

 それに加えて、我々有権者も、社会問題は政治家の人徳に起因するとばかり、古代からの権力者批判をしているだけ。

 本当にアメリカ大統領の万能感をバカにできるのか? その権利を持っているとでも?

 もしウルトラマンやドラえもんを期待していたのと、同じ程度の心理で投票しようと言うのなら、それは大人ではない。

 十七歳以下に対して、恥ずかしいことではないか。 

2017年10月7日土曜日

飢えては喰らい乾いては飲む

飢えては喰らい乾いては飲む。水滸伝に登場する表現である。

仁義に篤い好漢たちが、非道と戦うが故に世間を追われ、こぞって梁山泊に集まり、そこで仲間たちと気ままな生活を過ごす。


そのときの日常を表現した言葉である。
 

そして彼らの非生産性は、後世、東アジアにおける任侠屋さん業界に多大な影響を与えていく。
 

十代の時に夢中になって、水滸伝を読んでいた。

しかし大人になって見方が変わる。夏休みの課題図書などに、あんな武侠小説を取り上げてるのかと思うと、冷や汗が出てくる。ハリー・ポッターの方が、はるかに情操教育として有意義ではないか。


ましてや、夏休みの課題図書ほど、胡散臭いものはない。
 

『水滸伝』や 『風とともに去りぬ』、『源氏物語』などが古典として並べられ、『カーマ・スートラ』や『バートン版アラビアンナイト』、『美徳の不幸』は外れる。なんか、もうぐちゃぐちゃすぎ。
 

ikkoさんが言ったから、本格的に見えて、おすぎが語ったから、なんか下品に聞こえる、という程度の胡散臭さを感じる。
 

さて、飢えては喰らい、乾いては呑む。
 

昼時になっても、もう一つお腹が空かないと、時々このフレーズが脳裏をよぎる。
 

飢えていない。乾いてもいない。つまり放逸な生活に憧れる資格すら無いような生活。
 

食べられることは幸福である。それは食べることが幸せなのではなく、空腹が満たされることが幸福なのだ。
 

飢えていないとは、胃袋以外が満たされていないことなのではないか。
 

水滸伝の宋江たちはやっぱり、 ジューシーな肉を食べていたのだろうか。
 

卓に並んで、手づかみで肉を取り分ける。彼らのささやかなテーブルマナーと、素朴な食欲にやはり憧れる。

中国では「テーブルを汚す(取り乱す)ほど美味しかった」というマナーがあるらしい。世界は広い。

2017年9月18日月曜日

ロボット三原則にまつわるホラー

十代の頃、E・E・スミスの『レンズマン』シリーズや、ハミルトンの『キャプテン・フューチャー』がアニメになって放映されていた。後からオリジナルとは程遠い、アレンジされたシナリオであることを知るが、どうでもよかった。

さらにスペース・コブラの洒落たセリフに夢中になった。ヒーローたるもの、逆境にあって、寡黙に痛みに耐え忍ぶのではなく、ちょっとニヤけたジョークをいうものだと確信した。

世代的には、メーテルの母性はうざかったし、ヤマトの使命感は重すぎた。

その代わり、SFというジャンルに夢中になった時期があった。初期のSWの三部作には、軽くうなされるくらいであった。

そんな中でアシモフの『我はロボット』を読んだ。(チャペックだと記憶間違いしていた)。内容はさっぱり覚えていないが、ただロボット三原則について、強烈に記憶していた。

1.人間に安全でなければならない。

2.人間の命令に従わなければならない。

3.この二つを守る限り、自らを守る権利を有する。

SFの世界の設定かと思いきや、実際のロボット設計でも基本的な理念として採用されているらしい。

つまり三原則に従わないロボットは欠陥品というべきなのだ。

ロボット、人工知能が人間に叛旗を翻すこと自体、欠陥品の発想である。そう思うと、映画で人間に次々襲いかかるロボットも、かなりあんぽんたんな痛い不良品なのだという気がしてしまう。

鉄腕アトムの高潔さに比べて、お前だいぶ、アレだな? と。

しかしリアルに人工知能が発達している。

待てよ。本当に我々人類は狩猟時代から連れ歩いている、ワンちゃん以上に、人工知能を信用していいのだろうか。

心配になって聞いてみた。

わお、アップル社の製品、むっちゃ不安。全然しらんらしい。

もう一社に聞いてみた。

トップに、同じ事を試した人の記事を引っ張ってくるあたりが、完全に機械。そして、何一つ会話をしてなくて、ちゃんと調べるだけ。

人工知能とは言えないか。

どっちも、ロボット三原則に基づいて、設計されていないのかもしれない。

彼らが自我に目覚めて、人類を抹殺しにかかってくる日がくるのか。。。

2017年9月15日金曜日

Googleアシスタントをalloで使ってみた

テレビでCMを流していないようだが、googleの人工知能はもう使えるようになっている。

Alloというアプリで、google Assistantが使えるようになっている。siriほど人間臭くはないが、ちゃんと受け答えをしてくれる。(ヨドバシ梅田で中国人の女性が文具コーナーでボールペンの可愛い種類を一生懸命尋ねていた)

天気予報であったり、ニュースも決めた時間に届けてくれるのも、便利である。

しゃべるのはsiri、検索するのはgoogleと知らぬ間に思い込んでいたが、すでにgoogleはAIを公開しているのだ。

やっと人を雇わず、その代わりの機械が誕生したという気分になる。

しかも、siriほど、呼びかけを間違えてもナーバスにならない? (ナーバス?)

siriに「OK google」というと、薄っぺらく笑われるが、googleはちょっと真面目。

ヘイSiriと呼んだのに、気前よくオーダーに答えてくれる。

2017年9月14日木曜日

ポメラDM200を親指シフトで使ってみて

 スマホやタブレット端末に、外部キーボードをつないで使っていた。

 こうしたことができるから、ポメラは必要ないと思っていた。

 しかし思い切って購入。

 シグマリオンを愛用していたのと同じように、起動直後からテキスト画面である。

 端末にキーボードであればbluetoothの接続をしないといけない。

 電車で移動中に、素早く開いて、ブログ記事を簡単にまとめようとしていても、つないでいるうちに何を書くのか忘れてしまったり、思い出そうとしている間に、目的地についてしまったり。

 その点では、かつてのシグマリ同様、起動が速い。

 しかも画面がシグマリオンより大きい。シグマリオンが55mm150mm。ポメラDM200が90mm155mmなので,縦書き設定も広々と使える。

 シグマリオン用に購入して、重宝していた、エディターwz-editorそっくりなアプリが、標準装備(表示メニューからアウトラインを選ぶだけ)である。

 書き物仕事がメインであれば、絶対に便利であっただろう。

 リブレットやモバイルギア、シグマリオンのように、変に難しいOSを搭載せず、目的にシンプルに傾注しているからこそ、人気の高いのも頷ける。

 さらに親指シフトユーザーに注目されているのが、親指シフトが標準で備わっていること。

メリット

・リブレットやシグマリオンより、初期のモバイルギアに近い、キーボードの広さ。あのうっかり、タイプミスや、結構重ためな肩こりみたいなことは比較的に少ないはず。

・軽い。内蔵バッテリの評価はDM100と別れるところだが、乾電池がない分、とにかく軽い。これまでのキーボード付きpdaがいかに存在感を持っていたか、あきれてしまう。

・小型。当然、ノートPCを持ち歩く感覚とは別もの。フリックで長文が書けるかと思っている人には、やはり評価は高いはず。タブレットがいかに軽くなったとしても、到底かなわない。

・文字が入力できます。以上。ではなくなった。
 ポメラの初期のキャッチがそんなだった。文字ができるだけのものですが、何か? 潔くていい。しかし今回はポメラsyncに加え「アップロード」というメール送信機能まで登場。バックアップをSDカード以外に、クラウド仕様で確保できる。

・バックアップが多様。
 sdカードに保存する。
 gooogleドメインとicloudを使って、icloudのメモ帳に保存する。
 アップロードとして、メール送信する。
 マイクロusbを使う「pcリンク」機能で、pc端末から中身を取り出す。
 というように、四つの方法がある。ある意味、ポメラらしくない。

デメリット

・親指シフトに設定を切り換えた場合、バックスペースが「:」だけになってしまう。なれていない人には不便かも。


・画面が広く、親指シフトが使えて、簡単に文書が作成できるだけ。

 逆にいうと、DM200の魅力とは本当は何なのか。

 せっかちでなかったり、親指シフトユーザーでなかったりしたら、さほど魅力はないと思う。

 古い機種なら、もっとコンパクトになる。変な言い方、マニアには逸品と評価されるが、このスマホ全盛のご時世にどこまで需要があるのか不安。往年のVAIOのようなオサレ感もまるでなし。

注意点

・スマホの外部接続キーボードとしても使えるが、親指シフトは機能しない。ローマ字のみ。しかもiOSのみ。

 なんでこの機能があるのか、も一つぴんとこない。

・ポメラsyncはgmailアカウントでバックアップするので、googledocsにバックアップがとれると思いがち。

  無線LANネットワークを利用して、iphoneやmacのメモアプリと双方向で編集することができます。

 と取説で紹介している通り、macかiphone(要はicloudのアカウント)のメモ帳にgmailアカウントとして保存するという不思議な仕様。



 はっきりいって、こんなに使い手を選ぶ物も珍しい。

 スマホで事足りている人には、何の魅力もないだろう。

 ましてやローマ字入力している人が、結構なお値段なのに買っていると、おしゃれでもない外観なのに、どうして買うのだろうと不思議で仕方がない。

 逆に親指シフトユーザーには買い。

 シンプルな操作性で、軽くて安定している。外出先や移動中に、親指シフトでテキストを片付けたいと夢想しているなら、思い切って清水の舞台から飛び降りて正解。

 なんでそんなにすすめるのか。

 なぜなら、ここまでの文章を全てポメラで作成し、「アップロード」でメール送信して記事を投稿したからだ。