2021年1月8日金曜日

文読まぬ月日

正月と、四月に売れるのは、日記帳と英会話教材なのだとか。

一年の門出に何かを始めようとするタイミングに、そうした時期はなるほどちょうどいい。

実は数年前にトルストイの『文読む月日』をちくま文庫で購入した。上中下巻をまとめて買うのではなく、読み終わったタイミングで買い足していこうとした。

その年は途中で読み飽きてしまった。

翌年は上中下巻を揃えて臨んだ。

それでも、挫折した。

翌年は日付に忠実ではなく、自由に読もうとルールをゆるくした。

それでも、挫折した。

どうして挫折したのだろうかと反省した。

反省した、翌年、やっぱり挫折した。

読んでいて、いい話だとは思うが、そんなに内省的になって、深く思索したり、罪について考えを巡らせることができないのだ。途中から読んでいて、苦しくなる。

割と重たくなってしまうし、読んでいないページが負債のようにかさみ、気が重くなる。

同様なコンセプトの本がある。禅語であったり、世界の名言であったり。

しかし、そうしたものには一切手出しをしなくなった。毎日続けるようなことができたら、とっくに何か、自分が納得できることを為していたのではないか。

そんなことを反省させられるからだ。

反省した翌年は、結局何か失敗する。今はいまのことを、精一杯積み重ねていこう。それこそ牛歩の歩みである。




2021年1月1日金曜日

できればフリーで生きていきたい。青空文庫編

丑年ということで、牛について考えてみようと、青空文庫で南方熊楠の十二支考を探してみた。

びっくりした。 

十二支考と言っておきながら、寅で始まり、子で終わり、11巻で終わっているのだ。牛はどこにいったのだ。

寅という、躍進の年の前年、しっかり蓄え、備える年というようなことを聞いたことがある。それなりの話は十二パターンあるのだろうが、着実に進むという心がけでいたい。

それより、むしろ青空文庫に注目してみた。
実は時々思い出して、検索している。

著作権フリーになるのが没後50年になるのだから、50年前に亡くなった作家を注意していないと、不用意に古本を蓄えてしまうことになってしまうからだ。

逆に集英社が吉川英治の三国志を、岩波書店が江戸川乱歩を刊行しているのに、度肝を抜かれたが、青空文庫を確認して納得した。没後50年経っていたのだ。(それ以来、年末になると没後50年経つであろう作者名を密かに検索している。もちろん入力ボランティアのおかげである。)

1961年に鬼籍に入ったのは、
柳 宗悦矢田 挿雲津田 左右吉村松 梢風などである。

気になったのは、津田左右吉。柳田國男ほど人気のないせいか、全集が充実しているのに、データ化は遅れるのだろうか。

現代においてなお、彼の研究を起点に語られることも多いのだから、やはり著作に触れられることに深い意義があるはずだ。

それどころか、動画でトンデモ歴史学(皇居の下にヤマタノオロチが封じ込められているとか)を目の当たりにすると、半世紀前の先賢に恥じ入るばかりである。

柳宗悦も楽しみだが、矢田挿雲の江戸文化に関する随筆も読めるとなると、落ち着かない。もう中公文庫を探し回らなくていいのだ。

幸い、正月早々、山本周五郎の風流太平記 が公開されている。新潮文庫を買いに行かなくていいのだ。

そう考えると、色々と目移りしてしまう。

昨秋だったか、自炊した短編集に岡本綺堂の半七捕物帳があり、一作目『お文の魂』があったので読んでみた。

トリックそのものはさほど、刮目すべきことはない。ところが、イギリスのシャーロック・ホームズがヴィクトリア王朝時代の習俗を盛り込んでいたことを模倣して、江戸の習俗を記録しようとするコンセプトが、明確になっている。

現代よく見る髷物ファンタジーと違い、岡本綺堂の筆致は話し方や日常の描写に奥行きがあり、世界に引き摺り込まれた。初出が大正6年というから、明治を経てもなお、江戸風情が残っていたのだろうか。

岡本綺堂を一気読みすることもできるのだ。青空文庫の罪の深さ。
ろくに寝正月すら、できないではないか。

今年は読みふけるに、事欠かないのかもしれない。


 

2020年9月13日日曜日

Welcome time travelers

証明された不可能説

2009年6月28日というから、10年以上も前のことになる。

今は亡きホーキング博士が、パーティーを開いた。その名も「welcome time travelers」。

パーティー終了後、彼は世界中の科学者に招待状を出したのだ。タイムマシーン完成の暁には、ぜひ出席してほしいと。

 これで完全に、タイムマシーンが作られないことが証明された。

 「タイムマシーンが科学的に成り立つのか」「理論上は可能なのか」

そういう面倒臭い議論を最終的にすっ飛ばして、証明しようと試みたのだ。

いつの時代か、完成したのであれば、パーティに出席していただろう。

招待状を見ることができなかったとしても、こうして語り草になり、Wikipediaにも載っているのに、それらを無視するのは、逆に困難だろう。

タイムマシーンに乗りたい

それでもなお、タイムマシーンは可能だと主張する人がいる。

それがどこまで本当かなど、実はどうでもいい。

今、ありえもしないことを想像し、考えを巡らせることができるからだ。単純にロマンがあるとか、楽しいとか享楽的な意味ではない。

反対に、現実にあり得ないことを想像しないとする。

かつて馬が移動手段であった時代、人間は時速60キロ以上に達すると、顔面に風が当たりすぎて呼気が出せず失神すると考えられていた。

鉄の塊が飛ぶわけがないし、三時間で東京と大阪を移動できるはずがない。それが当時の”リアル”だったのだ。

ところが現実は違う。60キロ以上で移動することは可能だし、失神するなどといえば、頭をどこかにぶつけたのか疑われるだろう。

それでいい。ヴェルヌが言ったように、我々は想像したことしか実現できないのだ。逆に想像しなければ、何も実現せず、60キロを超えたスピードという現実から逃げ回ることになるのだ。

タイムマシーンは否定された。

「あのホーキング博士ですら、こんな誤解をしていたんですよ」

そうシニカルに笑われる日が来るのではないか。そういう想像が、新たな現実を応援していくのではないだろうか。



2020年9月12日土曜日

ブログの維持と提供元の都合

 

seesaablogというサービスを、開始直後から使っていた。

ところが5、6年放置していた。

ログインしようとしたら、メールアドレスで弾かれて、どうやっても入れなくなっていた。

日本にブログが普及し始めた時、こうしたブログサービスは盛んに乱立した。芸能人に混じって投稿できるもの。自分の好きなアバターを設定できるもの。早くも広告とリンクして、収入に繋げられるもの。

アイデアでいろんなサービスが実現していきそうな気がしていた。

ところが、動画配信が誰でもできるようになると、テキストを書いて投稿するなどと面倒なことを誰もしなくなった。一言ふたこと書くよりも、写真を投稿したり、リズムに乗った動画を投稿したりするほうが、レスポンスがいい。

yahooやseesaaが相次いで、ブログサービスから撤退したのは、そうした背景があるのだろう。

googleのブログサービスなど、公開当初は見るも無残なもので、更新記事画面以外、レイアウトすらまともに変更できないちんぷなものであった。

ところがブログ自体がこうしてなくなっていく。googleだけが安定して使える無料サービスとして、ブログを維持しているのだ。

(かつて書いていた記事が無駄になる)

そう思って、読み返してみたが、実に大したことを書いていない。

移転しようと思ったが、写すほどの価値もない駄文だった。

Google Bloggerよ、永遠に。

あっさりサービスを打ち切ることで有名なgoogleが、かれこれ6、7年提供しているのだ。きっとユーザーが多く、これからも続いていくのだろう。頼むぜ。
 

 

2020年1月11日土曜日

賽銭箱を信じるな

正月休みに出雲大社に行きたいと思ったが、急に萎えた。調べていると、拝殿に長蛇の行列が写った写真を見つけたからだ。

一体、いつからあんなにラーメン屋みたいな行列ができるようになったのだろうか。東京出張で神田明神がそうだったのに、感心したが、それから急速に全国に波及したのでは無いだろうか。

前のじいさんが、膝と腰と肩と、息子の出世と、孫の学業成就と宝くじを願っている間も、辛抱強く待ち続けるのが正しい作法だというのだ。神道が嫌いになった理由はひとえにこれだ。

敬意を強制するくせに、何の教えも無い。

白々しい形式主義であることだ。なぜ柏手を打つのか。なぜ二礼二拍手なのか。誰も説明出来ない。

寺院では拝殿を右回りするのは、釈尊に敬意を示して、聖なる手である右を捧げる仕草で、右回りしていたことに由来する。ちゃんと理由がある。

神道は色んな宗教を受け入れる土壌であるという妄言。国つ神を神話に取り込んだが、記紀神話が編纂されるより二百年前に伝来していた仏教は一切神々と関わらない。

つまり神道は土着神や、縁故ある神々を祀っているが、拝礼儀式の集約に過ぎず、宗教とは到底呼べない。

列島の成り立ちや、人類の始まりを表現した箇所はあるが、それを本気で信じている人は、あの行列に一人もいないことからも証明されている。神様など信じない。信じているのは御利益だけなのだ。

それを仏教では無明という。

近隣の神社に親しく参拝する。縁ある神社や親しみを感じた社を定期的に尋ねる。素晴らしいことだ。

だが、そこで自分や家族の健康と長寿以上に、物欲を叶えられると信じているのだとしたら、無明ということだ。何の思索も無く、ただ端金を賽銭箱に投げ入れることで、都合良く現実を変えることができると、少しでも信じているのだとしたら、ハッピーはその頭の中で、すでに実現している。

精一杯のことが実現するか否かを預けるというくらい、頼みにしているのが、神を拝することなのだ。キリスト者ならこういうだろう。我々が神に仕えるべきであって、神を我々に仕えさせることはできないと。

だから、賽銭箱に放り込んで、柏手を打っただけで、使役できるような邪神を有り難がるのは、やはり無知蒙昧と言わざるを得ない。
仏教的におバカであり、キリスト教的に傲慢で、イスラム教的には野蛮なのだ。バカで傲慢で、野蛮な行為を自慢するなんて、世界平和を憲法で標榜する国民として、嘆かわしい。ましてや百年ほどしか経っていない、二礼二拍手の作法を古来からあったかのように、得意げに強制するのだ。

つまり、あの行列は何も考えていないということなのだ。

自分がもし、春日大社や住吉大社を拝しているなら、どうするか。

早朝に来て、さっさと自分の参拝を終える。遠方の、縁もゆかりもない神のために、長時間並ばされるほど、悪いことをした覚えは無い。

もし早い時間に参拝出来なかったとしても、行列に並ばない。皆の願いの次に、自分の願いも聞いて貰えるように、離れた場所で遥拝する。賽銭箱に遠いなら、入れない。

自己満足だと言われれば、一笑に伏すだろう。行列に並ぶことは、自己満足ではないと?
 

 

2020年1月2日木曜日

ネズミの出自

今年の干支はネズミ


ネズミの語源は根住み(根の堅洲国=地下の国に住んでいる者)。

死後の世界ヨミと同じと考えられるようになるのが、根の堅洲国であるから、死後の世界と現世を往来するということだろうか。

古事記では、ヒーローの一人、大己貴命が野火で焼き殺されそうになるところを、洞穴の所在を教えて助けてくれるのがネズミである。

小さいものに手伝ってもらって、ヒーローが窮地を脱する話が面白いと感じるのは、古代人も現代人も同じだろう。

そのためネズミは神様の使いだという説もある。すばしっこく動き回ることから、働き者であり、豊穣をもたらすと信仰されてきた。

しかしそんなお気楽なキャラとしての設定ばかりではない。

欧米の文化では、今でも映画で、不衛生の象徴としてネズミは描かれる。暗い洞窟や、不気味な暗闇に松明をかざすと、丸々と太った黒い毛並みが、見え隠れする。ジャジャーン、というように。

そんなにおぞましいように感じないビジュアルを、どうして怖く見せるのか。なぜ、ネズミが怖いのか。

幸いにも、日本でペストが流行した歴史がないため、バイキンを運んでくる、不衛生な生き物という意識が低いのだ。

またイースター島の文明を滅ぼしたのは、ネズミだと言われている。

絶海の孤島であったイースター島は、14世紀まで、豊かな作物が実る社会を持ち、石で人間の形を彫ったモアイ像が流行する。先祖を意味しているモアイ像はどんどん大きなものを製造することが人気となり、人々はこぞって、巨大なものを作ることに専念する。

しかし水面下で進行していたのは、文明の崩壊である。

漂流物でたどり着いたネズミによって、木の実が食い散らかされていたが、当時の人々はそれを危機と思っていなかった。

それが何十年と経つうちに、破壊されていく。木が育たないということは、防砂林が無くなるため、穀物が海風に晒されて育たない。海に魚を求めようとしても、船を作る木材もない。

人口は急速に減って行き、限られた農地を巡って殺し合いを繰り返す。日本で江戸時代の頃には、ついにはカニバリズムまで行われていたと判明している。

小さなネズミが島の文明を滅ぼしたのだ。

日本でも、鼠の妖怪として頼豪という僧侶が登場する。 白川法皇の求めに応じて、子供が生まれるように三井寺の高僧頼豪が祈祷し、大願成就して皇子が生まれる。

褒美として、三井寺に戒壇院の設立を許可してほしいと願うが、ライバルの比叡山に邪魔されて、法皇は許可しない。

怒った頼豪は100日断食して、鼠の怨霊となり、比叡山の経典を食いちぎる。皇子も幼くして死んでしまう。

平家物語に残っている説話なので、事実というより、伝承というべきだろうが、ここでも疫病と鼠は関わりを持つように描かれていない。

ねずみ返しという工法に、我が国の文明は守られていたのだろう。

エジプトではネズミを退治する生き物として、猫が神格化される。東京の国立博物館に展示される、猫の神像はキャットウーマンを連想させるような、クールビューティーなキャラだが、当時の人たちは生活に関わるのだから、必死でお供えをしていたはず。

十二支の由来


干支の順は説話上、釈尊の葬儀に到着した順番という設定である。釈尊入滅をみんな聞いていたのに、うっかり寝ていて聞いていなかった猫だけが、葬儀に行けず、一番最初に行ったネズミに嫉妬して、今でも追いかけているという由来譚。

逆恨みも甚だしい。

だが、面白いのは、問題の葬儀である。釈尊の入滅という、宗教上の悲劇は、磔刑で三日目に復活した人と異なり、そんなに深刻な悲劇性をもって語られない。(むしろ、棺桶に入れられた釈尊がむっくり起き出して、世の無常をプレゼンするという説話まで存在する)

この死んだことを嘆く様を描いたのが、涅槃図だが、いわば博物学的な演出を競うことになる。

つまり弟子たちや王族ばかりか、他の如来や菩薩、天部など、信仰上のキャラクターをたくさん描くことになる。彼らが釈尊の寝姿を上部に描くが、下には阿修羅の後に、動物たちが並ぶ。

ここでどれだけ動物が描けるのかが、絵師の博識を表すものとなった。

そしてよくみると、東福寺の涅槃図には猫が描かれているのだ。(じゃあ、葬儀に間に合って、ネズミを恨む必要などないのに)

猫にも、仏になる性質を持っているという、優しい表現と楽しめるとしよう。

もっと残念なことは、釈尊の入滅を指して、特定の宗教を支持することは、信教の自由を阻害することになるという、憲法の曲解である。

どういうことか。

児童の読み物の中には、十二支の由来を描く際に、釈尊の入滅とせず、白ひげの神様のお誕生日会ということになる。

(生きとしいけるものを、いたわり合いましょうと説いた釈尊を、動物までも慕って、葬儀に駆けつけたのではない。万物をお造りになった神様を皆で祝福しましょうというのだ。どっちが特定宗教をうんたら、なんだろうか)

これでは、涅槃図を見る機会に恵まれても、全然理解できない。

釈尊=仏教という宗教色を廃して、表現しようと工夫したつもりなのだろうが、それは本当に豊かなことなのだろうか。

ましてや、それをもって、昔から語られているお話を子供に親しんでもらっているのだとしたら、それは偽善ではないか。

2020年1月1日水曜日

初詣には行きたくない

新年早々、思ってしまうこと。

ずっと何年も前から、感じていることだ。


初詣に行きたくない。


なぜか?


あの長蛇の列に加わらないといけないのかと思うと、うんざりするのだ。


一体、いつからだろうか。


関西では拝殿の前に一列に並ぶようなことはなかった。東京出張の際、神田明神で並んでいるのを見て驚いたくらいだ。


商売繁盛で笹もってこいという、恵比寿まつりでは、そんな行儀よく並んでいたのでは、始まらない。わっと押し寄せ、左右にはけていくのがマナーになっている。十日恵比寿以外でも、天満宮では一斉に押し寄せて、めいめい賽銭を投げ込んでいた。


東の形式が関西に到達していたのである。


神様に対して、お行儀よく並ぶ方がいいのだろうか。そのことがずっと疑問であった。


仏教に縁あって得度した身であると、二列縦隊に並んでいることに滑稽さを感じる。


仏教寺院の作法は、右回りを基本にする。初期仏教教団で右肩を釈尊に向けて、経緯を払うというインドの作法が起源である。


それだけではない。譲り合って参拝するのがマナーである。
起源は簡単。仏教はお互いの命が繋がっていると説いているからだ。そのため、一番のタブーは殺生なのだ。(故意に生き物を殺せば、巡り巡って自分が殺されるという論理)
つまり我先に仏像の正面に進み出ることは、仏教的に矛盾してしまうのだ。


お互い譲り合い、助け合えという教えを聴きながら、自分がもっともいい角度で仏像を拝もうとするのは、浅ましく、愚かしいことであり、本尊さんも内心で舌打ちしているのだ。

残念ながら、どんなに誠心誠意で、思念を凝らして直訴しようが、他人を思いやれない人間にご利益はない。

それに引き換え、神道である。


神道は厳密にいうと宗教ではない。


宗教の定義を明確にすると、三つを備えているかどうか。


1.宗教施設を持っている。(寺院、教会、モスク。神社)


2.教義を信奉する組織がある。(仏教宗派、バチカン、ムスリム。神社本庁)


3.教義(仏典、聖書、コーランとハーディース。?)


神道には明確な教義がないのだ。血や肉など、死を連想させるものはケガレとして、タブー視されるが、魚介類は全然お供えOK。


禊祓いの儀礼や、概念は存在するが、それは生活規定に過ぎず、哲学的な思索を一切伴わない。


だから、一生懸命、神社にいって拝むが、行儀よく並ぶものの、決して譲り合いを推奨されるわけではない。


ましてや後ろの人間がどれだけ待とうが、自分も待ったのだから、思いの丈を一生懸命祈り込めて、いつまでも神前で立ち退かなかったとしても、神道的には何の問題もないのだ。


さらに帽子も取らず、手水鉢で清めようともしなくても、賽銭さえ投げ込めばいいなどという、不遜なマルクス主義者まで居座る始末。

そもそも、日本古来の神様を信じているとは、どういうことなのか。


古式ゆかしい作法で、神々への思慕と古代への羨望なく、はした金で、功徳が得られるとしたら、そんなもの信仰でも何でもない。偶像崇拝である。


神道は何を理想とするのか。
 

高天原で神々が集って、祭りをしたように、古代の日本人が神々を祭り、現代の我々も神々を祀ることを理想とするのだ。

それなのに、神々のことは信じないが、我先に名の知れた神社に押し込み、周囲への思いやりもなく、一際大きく柏手を打って祈願する。


だから、


「日本人はクリスマスも、初詣も、お葬式もある、なんでもあり文化なのだ」


という、戦後言われ続けた説明をいまだに踏襲しているを聞くと、ざわざわする。


なぜなら、神道の神は賽銭が欲しいのではないからだ。
 

神々は崇敬と思慕が続くことを求める。

神々は教義を説いていない。その代わり、感得することを推奨する。


では何を自得するのか。神々の清らかな心である。


それはどうやって実現するのか。波一つ立たぬ池のような心に、神々の心が満月のように、映り込むのだ。


雲がかかっていくような環境ではいけない。波たつような心ではいけない。


研ぎ澄まし、清らかで、朗らかな心でなければ、神々の心は映らない。


と、考えていると、どうしても初詣に行くことに気後れしてしまう。


何のことはない。


あの行列を長く並び、その間も、ずっと澄んだ気持ちでいられる自信がないのだ。
 

長蛇の列の中にあって、気持ちは濁り、体は疲弊して、はした金を放り込んで、その見返りを求める。

偶像崇拝してしまうことのバカバカしさを思うと、やはり気後れする。
そこで、考えた。
 

人気の少ない、神社を見つければいいと。

そこで落ち着き、不浄な気持ちが沈殿しきった、波のない心で柏手を静かに打とうと。